猫との暮らしの“気づき”は人間関係にも置き換えられる? 実際にあった5つのエピソード

おかーちゃんいわく、僕との暮らしには学びがたくさんあるらしいニャ

猫飼いのみなさん。猫と暮らし始めたことで、猫からもらった“気づき”ってありませんか? 我が家は猫からもらった気づきがたくさんありました。そして、あるとき、思ったのです。「これって人間と人間の関わりにも同じことがいえるのではないか?」と。どんなエピソードがあって、そう思うに至ったのかをお話ししていきたいと思います!

猫との暮らしのなかで学んだ「関係性のあり方」

猫と暮らし始めてから、人間の考えに変化がありました。改めて人に対する接し方や、さまざまな考え方を考えるようになりました。「これは人間で置き換えても◯◯な気がする!」「これは人間同士の関わり方でも同じことが言える気がする」と考えさせられるシーンが多いのです。猫と暮らすことで、なぜそんなことを考えるようになったのでしょうか。今回は実際にあったエピソードをご紹介していきます。った話ではなく、人間と人間の関係にも同じことが言えるとも思ったのです。そんな些細な具体例を挙げていきます。

猫からもらった気づきのおかげで、周囲との関係性だけでなく、自分のメンタルな部分にもいい影響がありました。猫との暮らしが、こんなふうに作用するのかということも新たに気づかせてもらったことでした。



猫からもらった気づきの具体例 1:猫だって人間だって嫌なものは嫌

猫にブラッシングや爪切りなど体のケアをしてあげることは飼い主の大切な役目。ですが、ブラッシングや爪切りに苦戦されている飼い主の方も多いのではないでしょうか。我が家も苦戦していて、以前は「猫が嫌がっているから早く終わらせないと」と勝手に考え、爪切りが嫌で逃げる猫を追いかけ回すこともありました。でも、それってすごい自分本意な考えだったことに気付かされました。

振り返ってみると、幼少期に親に「こうしなさい」と強制されて反発したくなったなと。同じような経験をした方いらっしゃいませんか。命令口調だと、なぜか反発したくなったり、不快になったりするもの。だけど「本当は◯◯してほしいけど、あなたの自由にしたらいいよ」と選択肢を与えられるような言い方をされると、反発をしないで受け入れることができたりするんですよね。そのときに経験した気持ちを猫にも当てはめて考えてみたのです。

ブラッシングを嫌がる時は追わない。爪切りも片手、片足ずつ切れたらハッピー!と思うようにするのです。ブラッシングに困っているなら、ちゅーるをあげながらやってもいい。人間の都合のいいタイミングを猫に押し付けずに、猫の気持ちやタイミングを見計らってケアしてあげることで、結局のところ双方にとってストレスが少ない状態になることに気づきました。

当たり前の話ですが、人間に“嫌”という感情があるように、当然のことながら、猫にも同じ感情があるんですよね。なるべく、人間も猫も“嫌”という感情を感じずに暮らせるようにするにはどうしたらいいだろう?ということを日々日々学ばせてもらっています。



猫からもらった気づきの具体例 2:猫も人間もトイレをはキレイがいい

猫はとてもキレイ好き。猫のトイレはいつも清潔にしておく必要がありますが、人間で置き換えて考えてましょう。もちろん人間もトイレはキレイであってほしい。公共のトイレを使うときに、便器が汚れていたら隣のトイレに移ろうって考えますよね。便座はキレイでも、トイレの床にトイレットペーパーのカスが落ちているだけでも嫌だなって思ったりしませんか。自宅に友人を招くときは、いつも以上に入念にトイレを掃除したり。そう考えてみると、人間だけじゃなくて猫だって、いつだってキレイなトイレを使いたいのは当たり前の感情なんですよね。

仕事で家を留守にすることもありますが、帰ったらまずは猫のトイレ掃除が優先。猫とのスキンシップはその次です。もちろん、人間が家にいるときにトイレをしたら、すべての手を止めて、すぐにトイレを掃除します。砂を足し、猫が気持ちよくトイレができる環境を整えるということを、まったく苦痛と思わずに自然とできるようになりました。



猫からもらった気づきの具体例 3:猫も人間もたくさん遊んで欲しい

遊ぶのが大好きな猫

猫とおもちゃでたくさん遊んで、人間的には「これだけ遊んだら猫ももう満足だろう」と思って遊ぶのをやめたら、猫から「もっと遊んで!」といわんばかりの催促。「たくさん遊んであげたからいいじゃないか」と、つい思ってしまうかもしれませんが、それって飼い主の一方的な気持ちなんですよね。ここでも、人間で置き換えて考えてみましょう。

子どもとたくさん遊んでも「もっと遊んで!」とおねだりされた経験はないですか。大人の基準では「これぐらい遊んだし、もういいでしょう」と思っていたとしても、それはあくまで大人の勝手な解釈であって、子どもの解釈ではないですよね。子どもはもっと遊んで欲しい。だからおねだりをしてくる。それは猫も同じだと考えるようになり、その解釈が腹落ちすると、おねだりする猫にイライラもしなくなりましたし、ますます可愛く思えるようになりました。自分の時間が削られてしまうな、と脳裏をよぎったこともありますが、一緒に過ごせる限られた時間だからこそ大切な時間と考えるなると、すごく貴重な時間にさえ思えます。

こんなことを書くと悲しい気持ちになりますが、人間も猫も一生一緒にいられるわけではありません。限られた時間だからこそだと思えば、遊んであげられる時に遊んであげるべきですし、会いたい時には会うべきなんだと思うのです。



猫からもらった気づきの具体例 4:猫も人間も成長に合わせたご飯を食べる

え? ごはん興味ないの?

子猫は子猫用のご飯を食べます。さらに、もっと小さい子猫のときは、まだ体の機能が整っていないので、子猫用のフードをふやかして柔らかくして食べさせてあげるんですよね。高齢になってくると高齢猫用のフードを食べます。正直、猫と暮らすまではそんなことすら知らず「フードはどれも同じじゃないの?」と思っていましたが、ここでも人間の場合で考えてみましょう。

人間の赤ちゃんもミルクから始まり、体の成長とともに離乳食が始まります。離乳食も最初は固形になっていない消化に優しい食べ物を食べ、徐々に固形物のご飯にしていくもの。そう考えたら、子猫のご飯をふやかして食べさせることも、猫の成長に合わせてご飯を変えることもごく自然なことなのです。



猫からもらった気づきの具体例 5:猫も人も優劣ではない

人間と猫の暮らし。たしかに、人間が猫にご飯をあげたり、お世話をしているので、パワーバランスは人間のほうが上でしょ、と思っている方もいるでしょう。たしかに、家猫は人間がご飯を出してあげないと生活できないかもしれませんが「お世話している=立場が上」とは限らないですよね。人間も猫からたくさんの幸せや気づきをもらっているわけだし、どちらが上とかではなく、どちらも対等だと思うのです。

人間世界だと「役職がついてるほうが上」「年収が高いほうが上」「いいエリアに住んでいるから上」など、優劣をつけたがる人もいます。でも、そういうのって薄っぺらいなぁと。優劣でなにかを比べて優越感に浸ることより、お互いにないものや、お互いに不慣れなことを補いあって共存することのほうが、はるかに価値があるなと思うのです。

猫との暮らしでも“お世話をしている”という点では人間のほうが上なのかもしれませんが、人間が悩んでいるときや、落ち込んでいるとき、猫からもらうパワーというのは計り知れず、お世話しているようで人間のほうがお世話されているなって思ったり。win-winではないですが、いいところも悪いところも認め合って生きていけることに意味があると思うのです。

猫との暮らしで改めて学ばされたことは、誰と接するにしても「相手の立場になって考えることの大切さ」です。言葉選びや態度を気をつけるようになりましたし、仮に相手の意見に同意できなくても、受け入れることをする努力をするようになりました。自分の意見が絶対正しいわけでもないですし、自分から相手を不快にさせない方がいいし、そういうものって結局自分にかえってくるものな気もしています。同じことを言われるにしても、言い方ひとつで相手が受ける印象って180度違ったりするものだったりしますからね。不思議なことに猫と暮らして、そんなことも改めて学ばせてもらいましたし、人にも猫にも優しくなれたような気がします。それでも自分本位になってしまうことはあります。そんな時は思いやりの気持ちに立ち返るようにすることも大切だと気付かされました。

まさか猫と暮らして、こんなことに気付かされるとは思っていませんでしたが、とてもありがたい気づきをもらっていることが多いです。これからもどんな気づきや学びがもらえるのか楽しみです。